《 ブロードリーブランシェの新しい魅力 》
前回の
「アンティークレース物語4」では白の贅沢「ブロードリーブランシェ」が登場しました。
では、いったいどこで作られていたのでしょうか?
レース作りが産業となる(このお話はずっと後で)17世紀以前のヨーロッパ、手仕事は修道院が中心に行われていました。
いにしえの時代、教会は文化や芸術、学術の中心地。
薬草の研究、貴重な書物、絵画、音楽・・・すべてが教会を中心に回っていました。
ミケランジェロの「天地創造」は修道僧達の祈りの場にあり、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は食事の間に描かれています。
そんなイタリアやベルギーの修道院では、尼僧たちが「ブロードリーブランシェ」にいそしんでいました。
貴婦人から注文されたリネン類、ランジェリーとして着られていたブラウスや、ナプキンやテーブルクロス、シーツ、ベッドカヴァー、カーテン、ナイトウエア・・・が創り上げられます。
髪の毛の10分の1ほどの細い糸で、目の詰んだ生地に刺繍を施すことが大切な日課でした。
また、その頃の修道院には貴族や王族の娘が教育を受けており、王女達は自分のそして姉妹の結婚のためのリネンを作ることも大切な事でした。
美しいリネンは財産の一つ、山ほど持参することが貴族階級の証の一つでもあったのです。
そんなある日、日課にいそしんでいた一人の尼僧が「 なんだか刺繍ばかりじゃ重いわね・・・ 」 と変わったことを始めました。
布地を切り取り穴の中へ糸を渡して模様をつくり・・・透かし模様の出来上がり。
「オープンワーク」や「カットワーク」と言われるレースのもとになった技法の始まりです。
そこには透明な美しさが展開され、貴婦人達をおおいに魅了しました。
ジュエリーも、レースも、美しいものは数百年の時を経てもなお、人の心を捕らえるものなのですね。。。
「 アンティークレース物語 全てのバックナンバー 」へ
・---------------------------------------------------------------・
【ハンドメイド アンティークレース&刺繍】ページへ
【オールドマシン アンティークレース&刺繍】ページへ
【Page de Marie-Louise アンティークジュエリー】ページへ
・---------------------------------------------------------------・
☆☆☆コメント・メッセージは⇨
こちらのページからどうぞ。お待ちしています!☆☆☆